人生は変化の連続。逃げるより 向き合うことが役に立つ。
本田直之 さん (61歳) 資産運用会社
ルイジアナ州立大学経営学部卒業。
日本の証券会社で約1年間勤務後、ゴールドマン・サックス証券で12年、メリルリンチグループの法人向け証券会社・資産運用会社・富裕層向け証券会社の3社に計16年携わり、2016年よりティー・ロウ・プライス・ジャパン株式会社の代表取締役社長兼最高経営責任者を務めてらっしゃいます。
バンドで歌った難解な歌詞が留学の道へ
幼少時代は将来、読売ジャイアンツに入ることを夢見て過ごしました。中学時代は朝から晩まで野球に明け暮れる毎日でしたが、その頃から洋楽に興味を持ち始め学生バンドを結成しました。
当時ビートルズのポール・マッカートニーが弾いていたリッケンバッカーというメーカーのベースを購入したのは一生忘れない思い出です。それから、野球をそっちのけでバンド活動に打ち込みました。
バンドでは、主に洋楽ロックのコピーを演奏しており、なかでも1970年代に全盛期だったプログレッシブ・ロックの世界に魅了されました。プログレッシブ・ロックの歌詞は難解さが特徴で、その意味は英和辞典で調べてもまったく出てきませんでした。当時は意味のわからない歌詞を歌っていても気持ちが入らず、モヤモヤした日々を送っていました。
そんなある日、音楽教室で文化祭に向けて練習していた私にクラス担任(英語教師)が、歌詞に隠された本当の意味を教えてくれました。その先生は、元商社マンで主に海外とのビジネスを中心に働いていた経験から、とても高い英語力を持っていました。この先生との出来事が、大学の英文科を目指していた私に大きな方向転換をもたらすことになったのです。それは、英語を学問として学ぶのではなく、常に使って何かをしたいと思ったことです。
そして、私が出した結論は英語を常に使う環境に身を置くため米国の大学に行くということでした。
アルバイト感覚だったのがバブルに飲み込まれ...
米国の大学を卒業後、私は帰国して日本の証券会社に就職しました。しかし、数年後には米国に戻りたいと思っていた私は、就職というよりアルバイトのような気持ちで働いていました。入社して1年ほど経ったころ、当時はまだ日本ではあまり知られていなかったゴールドマン・サックス証券に縁があって転職しました。
ニューヨーク本社で半年間研修した後、東京で勤務を始めましたが、その翌年にバブルが訪れ、毎日のように夜中まで働く日々が続きました。こんな激務に身をおくつもりはなかったのに...と思うこともありましたが、まだ20代半ばだった私にはバブル景気は昼夜にわたって刺激的なものでした。ここには到底書けないようなこともたくさんありました。でも、バブル時代に戻りたいかと聞かれると答えはNOです。あれは若くないと身が持ちません。
そんな生活を5年ほど過ごした後、かねてから希望していたニューヨーク本社への転勤が決まりました。転勤の翌年にバブルは崩壊してしまいましたが、このバブル時代の経験がなければ金融業界に長く身を置くことはなかったのではないかと思うと感慨深いものでした。
証券会社にとっての顧客
2001年、証券会社の勤務を18年続けた時に社会人として最大の転機が訪れました。それは、当時働いていたメリルリンチ証券から資産運用会社であるメリルリンチ・インベストメント・マネジャーズ(MLIM)への転籍です。
学生のみなさんには、資産運用という職種はピンと来ないかもしれません。私も似たようなものでした。簡単に言えば、人や会社のお金を預かり、投資信託などで運用する会社のことです。
最初はこれまで数秒先の債券価格の動きを捉えて働いていた証券会社時代とは大きく異なり、もっとずっと先を見て物事を考える資産運用会社の業務にはカルチャーショックを受けました。しかし、そもそも資産運用会社は証券会社にとっての顧客であって、言ってみればカウンターの反対側にいるのだから大きく違うのは当たり前のことです。そして次第に長期的に物事を考え、顧客と同じ目線で歩む資産運用会社というものにとても魅力を感じるようになっていきました。
MLIMに在籍したのは約6年でしたが、その中で最も思い出深いのは投資信託の販売に携わる証券会社や銀行の全国津々浦々の支店へ勉強会の講師として出向いたことです。この仕事は人に何かを教えることや食べ歩きが好きな方には向いている仕事です。勉強会では聞いている側がわかるように投資信託の内容や魅力を丁寧に伝える力が必要です。そうやって勉強会を終えた後は、その地方の名産を食べ歩くという楽しみが待っています。どうですか?魅力を感じませんか?
MLIMで資産運用会社というものを初めて経験した後、10年間の富裕層向け証券会社勤務を経て、再び資産運用会社へ戻ってきました。それが現在勤めている会社、ティー・ロウ・プライスです。
変化は必ず起こる
ここで私が勤めた会社は6社目になります。6社が多いかどうかは人によって感じ方が違うと思いますが、人生において変化は必ず起こります。身の回りのことだったり、会社や業界のことだったり、自分の気持ちだったり、様々な変化が起こります。私には、それらの変化に対応した結果が6回の転職だったということです。
日本で終身雇用の崩壊が話題になっている今、転職は当たり前のことになりつつあります。しかし、転職は変化から逃げることではなく、立ち向かうことでなければならないと私は思います。将来を不安に思う学生も多いと思いますが、そうやって変化を楽しんで生きていけば、社会人生活も悪くないですよ。
いかがでしたでしょうか。もっと資産運用会社の仕事について詳しいお話が聞きたいという中高生の方がいましたら、ぜひご連絡ください。(ご連絡はこちらから→https://www.asdessin.org/contact)
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