お金がなく、野球強豪校の進学をあきらめる。

お金がなく、野球強豪校の進学をあきらめる。

堀田友和さん (36歳) ジブラルタ生命保険株式会社

東京都立雪谷高校卒業後、コンピュータのシステムを設計する技術者として就職。2年間働いた後、もっと野球を真剣に取り組みたいという思いから東京経済大学へ入学。4年間野球漬けの日々を過ごすことになるが、右肩の怪我が原因で野球ができなくなる。しかし怪我の経験から、スポーツを裏で支えるトレーナーの存在を知り、大学を中退後、スポーツトレーナーになるために1年間アルバイトをし、それから1年間専門学校に通う。トレーナーとしての最低限の知識を学んだ後、トレーナーとして3週間メジャーリーグのスプリングキャンプに参加する。帰国後、今度は右膝の靭帯を切る大怪我をし、リハビリから復帰できるまで半年かかってしまう。そして、トレーナーの仕事は年を重ねてからでもできるという理由で、サラリーマンとなり営業を始める。9年間営業を続けるが、より人とかかわりのもてる職場を求めジブラルタ生命に転職。


周りは自由に進学できたのに、自分はお金がなくて行きたいところに進学できなかったのが悩みでしたね。

高校は野球の強い私立の高校に行きたかったのですが、それができずに公立高校に進学して、大学も2 年間働いた後に自分で学費を払って行くことになりました。「あのとき私立の強豪校に進学していたらどうなっていたんだろう」とか、「ブランクなく大学で野球を続けることができていたらどうなったんだろう」とか考えたりすることはありますね。もしかしたら甲子園に出場してプロ野球選手になっていたかもしれませんし。

ただ、野球のことを嫌いにならずに今まで続けることができたので、これはこれでよかったのではないかと思います。ただ当時は、行きたい高校に行けず、親を恨んだこともありました。今考えると無理にでも「高校に行きたい」と言って行くことはできたのではないかと思います。しかし、それをしなかったのは、どこか強豪校でプレイするのを怖いと思う自分がいて、親のせいにして逃げていただけなのかもしれません。そう考えると、吹っ切れて後悔することがなくなりましたね。

 

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